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ピカソとマティス:芸術の対話

※本記事は、リニューアル以前(旧・ムーサの芸術論)のアーカイブです。KAFUNの思考の原点として、当時のまま公開しています。

ピカソの娘のマヤさんが、相続税としてピカソの作品8点をパリの国立ピカソ美術館に納めたというニュースをやってました。

というわけで、

20世紀 “最大” の芸術家ピカソ。

近年のアーティスト像をきめたのもこの人では。「芸術家」というと思い浮かぶベレー帽にボーダー。これもピカソのイメージ。

不動のトップオブトップですが、専門家と話してると、不思議と評価がパカっと分かれます。

「自分は、ピカソは認めない」なんて方も結構いらっしゃるのは、売れるためにサクラを雇ったり、画廊に合わせて作風を変えたり、「側」を仕掛ける商売気も強いからかもしれません。

この辺、あるゆる人から画家として尊敬されたマティスとは正反対。何より2人は画家としても対照的でした。


1910年、美術評論家のアンドレ・サルモンがこのようにまとめてます。

しかして、この偉大に芸術家同志には、互いの作品を刺激としあい創造を繰り返す目に見えない対話がありました。ピカソより12歳年上のマティスは、2名の芸術家が1905年に初めてパリで出会った時、フォーヴィズムと呼ばれる色を通して深遠な宇宙に向かう先端芸術を牽引していました。

そのアンサーの1つと考えられてるのがこの絵《黒椅子の上のヌード》。

この絵のモデルは、前述の娘・マヤさんの母となったマリー・テレーズ・ウォルター。当時、ピカソは妻ある身でマリー・テレーズに夢中になり、愛人である彼女をモデルに愛の悦びを数々の絵に残しました。

黒い椅子に寄りかかる女性。のけぞるようにぐにゃりと曲がった女性の肉体。背景には観葉植物と、窓辺から差し込む太陽。

ここにマティスからの拝借を指摘したのが、美術評論家のリチャード・ラカヨアンリ・マティス。曰く

「マティスの官能的な曲線と、肌のピンクを強めるために黒を使用した」

のだそうです。まるでヒップホップの引用合戦じゃないですか!たしかにデフォルメした曲線とグリーンとピンクの補色は、これまでのピカソにはないなめまかしい悦びと平和に満ちてます。

他の人の作品を見ないというのもありだけど、こういう刺激しあう関係もあるのですね。ちなみに、この作品は、1999年にクリスティーズのオークションで4,510万ドル(約52億)で落札されました。

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