この記事の目次


※本記事は、襲名という文化を独自の視点で読み解いたものであり、襲名を行う当事者や業界の公式見解とは一切関係ございません。

1. 引き継いだはずなのに、なぜか続かない

事業を受け継いだ。担当者が替わり、施策を引き継いだ。形の上では、何かが渡された。それなのに、なぜかうまく機能しない。前任者がやっていたことを同じようにやっても、手応えが違う。続かない。じわじわと、何かが失われていく感覚がある。

日本の百貨店を例に考えてみます。「外商・目利き・信頼」という文脈が、かつてこの業態の核にありました。しかし世代交代の中でその文脈は定義されないまま、売場面積と品揃えだけが引き継がれた。いつの間にかテナントを集めて賃料を得る不動産業がメインになっていきました。

この状態に直面したとき、多くの組織はまず「渡すための方法やノウハウ」を見直します。マニュアルを整備する、引き継ぎ期間を長くする、他社の成功事例を参照する。それらは決して間違いではありません。ただ、やり続けても「続かない」という状態が変わらないとしたら——

問題は、渡すための方法やノウハウの中にはないかもしれません。

2.「何を引き継ぐか」より先に、問うべきことがある

他社が採用した手段を参照することには、一つの落とし穴があります。それは「あの会社がうまくいったから、うちも同じやり方を」という発想が、すでに「何を引き継ぐか」という問いを飛び越えているということです。

最近、サイバーエージェントの藤田晋社長が後継者育成のために、自身がこれまでしてきた経営的な決断について、言語化してこなかった考え方や判断基準を書き起こして渡したことが話題になりました。これ自体は誠実な試みです。しかしそのまま同じことを自社でやろうとしても、藤田社長がインターネット黎明期の市場をともに生き、時代変化に合わせてさまざまな事業を立ち上げ束ねて、大企業になるまで規模を拡大した固有の体験と資質があってこそのものです。形だけを輸入しても、その文脈は移らないのではないでしょうか。

引き継ぐべきものが何かを定義しないまま、手段だけを輸入しても、その手段は根を張らない。やがて形骸化し、また次の手段を探すことになる。思い当たることはないでしょうか。

引き継ぐべきものが何かを定義しないまま、手段だけを輸入しても、その手段は根を張らない。やがて形骸化し、また次の手段を探すことになる。思い当たることはないでしょうか。

「私たちの組織は、何を大事にしてきたか」——この問いに、言葉で答えられるかどうか。それが先にあるべきことです。

先の百貨店の話に戻れば、伊勢丹はその問いに答えを出しました。「館に人を集める」業態から、「選ばれた顧客一人ひとりとの関係を深める個客業」へ。その象徴が招待制の特別イベント「丹青会」です。

年間高額購入者のみを招く貸切イベントで、限定品や職人・デザイナーとの体験を提供する。売場面積でも品揃えでも競争しない。「誰のための百貨店か」を定義し直したとき、業態の核が再び機能しはじめた。20262月の丹青会では初日に50億円超の過去最高売上を記録し、伊勢丹新宿本店は17%増収を達成しています。

3. 南座で気づいたこと

昨年末、京都・南座で歌舞伎の顔見世興行を観ました。(1つ前の記事をご覧ください)八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助、音羽屋の親子ダブル襲名披露です。

メインの演目の一つは「弁天小僧」。音羽屋が代々守り続けてきたお家芸です。新しく名を継いだ者が、音羽屋の品格を体現して弁天小僧を演じきる。舞台を観ながら、ふと思いました。これは継承の証明だ、と。

名前を継ぐことを口上で宣言するだけなら、それは改名に過ぎません。しかしこのお家芸を八代目菊五郎として披露することで初めて、「菊五郎」を自分の体に落とし込めて継承したと言えるからです。

その場でもう一つ気づいたことがありました。この興行が京都・南座でおこなわれていたということです。

清水寺縁起絵巻(土佐光信筆、東京国立博物館蔵)

音羽屋の屋号の由来は、清水寺の「音羽の滝」にあります。初代菊五郎の父・半平が生まれ育ったこの地の滝にちなみ、1730年に正式に屋号として定められました。つまり京都は、この芸が何を大事にしてきたかの、原点そのものなのです。

たとえば、京都・先斗町の芸舞妓さんが学ぶのは尾上流です。八代目は日本舞踊・尾上流の宗家になります。顔見世興行では、ずらりと先斗町の芸舞妓さんが応援に観覧しに来ますが、そのご宗家としての役割を果たす意味でも、土地と先祖と門弟と共に、自分がどうあるべきかを確認する場にもなるのです。

劇場を出たとき、「継承が続かない」という問題の本質が、少し違って見えました。

4. 「儀式」を真似ることが、答えではない

南座の襲名が示しているのは、儀式の形ではなく、その儀式そのものが「何を大事にしてきたか」を落とし込まないと完了できない構造になっているということです。京都でおこなうことも、おはこの演目を演じ切ることも、すべてその構造の一部です。

同じ効果を自分たちの組織でどう生むかは、組織によって異なります。そしてそれは、他社の手段を参照しても見えてきません。自分たちが何を選び、何を選ばなかったか——その積み重ねの文化を読み解くことからしか、答えは出てこないと私は考えています。

5. 文化を読み解くとは、三層を立体的に見ること

では「文化を読み解く」とは、どういうことでしょうか。中川政七商店を例に考えてみます。

まず、過去の足跡を見ていきましょう。1716年創業、奈良晒という麻織物の卸問屋として始まったこの会社が、何を選び、何を選ばなかったか。その判断の文脈を掘り起こすと、「日本の工芸の技と美意識を守る」という一貫した軸が浮かび上がります。華美なトレンドを追わず、素材と職人の仕事を真ん中に置いてきた選択積み重ねです。

ただし、過去を掘り起こすだけでは、答えは何も出てきません。そこは現在位置の確認であり、そこからがスタートだからです。

次に、その足跡が今の文脈でどんな意味を持つかを見ていきます。現在、日本各地の工芸産地は後継者不足と市場縮小という危機にあります。かつて「当たり前」だった職人の技が、今や「失われつつある価値」として際立って見える時代です。そこで、過去の判断の文脈が、今の受け手にとってまったく異なる重みを持ちはじめてきたのです。

そして最後に、何のための継承かを考えてみます。これが最も重要で、最も後回しにされやすい問いです。中川政七商店が「日本の工芸を元気にする。」という旗を掲げたのは、この問いへの答えでした。自社ブランドの存続ではなく、産地全体の未来を射程に入れた宣言。この未来の定義があったからこそ、小売から工芸ブランドのコンサルティングへという転換が「らしい」行動として機能しました。

何を継承すべきかは、未来を考えないと最終的には見えてきません。10年後、20年後、自分たちの組織は誰のために何を届けているか。その問いに向き合ったとき初めて、過去の足跡の中から「これが核心だ」というものが浮かび上がってくる。

過去・現在・未来——この三層を立体的に見ること。それが、文化という視点から組織を読み解くということです。

この構造は、組織の規模を問いません。
レゴは2000年代、テーマパーク進出やアパレル展開など多角化を進めた結果、業績が悪化しました。立て直しの起点になったのは、過去の棚卸しではありませんでした。「子どもの創造性を育てる」という未来のゴールを先に立て、その視点から自分たちの過去を見直したとき、何を守り何を手放すべきかが初めて見えてきました。未来から問い直すことで、過去の意味が変わったのです。

6. 何を大事にしてきたか——それは、過去だけを見て答えが出るものか

音羽屋の継承は、300年という蓄積の上に立っています。しかしあの儀式が今も人を動かすのは、過去を守っているからではだけではありません。その蓄積が、今この瞬間に誰かの何かに届いているからです。

継承とは、形を渡すことではありません。「何を大事にしてきたか」が定義された状態を、次の世代につくることです。

あなたの組織が大事にしてきたことを、未来から問い直したことがあるでしょうか。


梅澤 さやか

KAFUN代表 / カルチャーマーケティング・コンサルタント慶應義塾大学美学美術史学卒。30年・270件以上の文化マーケティング実績を持つ。文化資源の再編集、映像によるブランド構築、芸術ウェルネスなど、文化と経済を結ぶ事業を展開。著書に『エグゼクティブはなぜ稽古をするのか』

KAFUN(カルチャーマーケティング / 文化体験プログラム企画制作)
cultiba(アート行動調律プログラム)


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