施策を足しても続かないのは、手段の問題ではない。文化という視点から見ることだとということを表す事例を紹介します。
「魅力はある。でも思ったように発見してもらえない」「トレンド追いの施策を続けても持続性がない」地方創生の現場で繰り返されるこの声の原因は、どこにあるのでしょうか。
この記事では、施策のつみかさねだけでは解決できない悩みを、資産を変えずにただちょっと見る観点を変えることで新しい市場とユーザーを開拓したナミビアの砂漠と奈良・東吉野村の事例から、「価値転換」の構造をご紹介します。
目次
1. 施策を足しても変わらないのはなぜか
日本の地方創生は長年、「箱モノ」をつくることが中心でした。施設を建て、イベントを誘致し、予算を消化する。その構造からの脱却として「地方創生2.0」が掲げられ、地域が自立して稼ぐ力を持つことが求められています。
方向性は正しい。しかし現場では、テーマだけが先走り、中身が追いついていない状態が続いています。担当者からこんな声を繰り返し聞きます。
「魅力はたくさんある。でも、外から見て何が刺さるのか正直わからない。」「コンテンツはある。イベントもやった。人も来た。でも続かない。」
有名人を呼ぶ。話題のコンテンツを誘致する。SNSで発信を強化する。それらが悪いわけではありません。ただ、やり続けても「続かない」という状態が変わらないとしたら——問題は施策の中にはありません。
施策を足しても続かないのは、手段の問題ではない。どの時間軸から見るかです。
2.「文化」とは、時間軸を俯瞰する視点
ここで言う「時間軸から見る」とは何か。
よくある見方は2つのパターンに分かれます。1つは、「伝統を守る・継承する」ことを大切にし、過去の延長線上にリニアに未来を繋いでいくパターン。
もう1つは、現在のトレンドやニーズだけを水平に追いかけるパターン。どちらも、資産の可能性を「今見えている姿」をベースに1つの断面から見ている状態です。
文化という視点は、その両方を同時に包みます。
「人がそこで何を感じ、何を求め、どう生きてきたか——過去・現在・未来にわたる人の営みの総体」として資産を見たとき、はじめてその資産が持つ複数の可能性が見えてきます。
そして「それが誰にとっての何か」という再定義が、初めて可能になります。抽象的に聞こえるかもしれません。ただこれは、実際に起きていることです。具体的に2つの事例から読み解いていきましょう。
3.「未来を考えている」と「臨場感を持って見えている」は別物
ただし、ここで一つ注意が必要です。
例えば、京都市は「京都基本構想」として、次の千年に向けたまちの姿を市民とともに紡ぐ取り組みをしています。これは重要なゴール設定です。
京都が「1000年先」を語れるのは、1000年の蓄積という過去の臨場感が支えているからです。平安京からそのまま残る碁盤の目の街路、今も日常会話で使われる「今出川」「烏丸」という通りの名前、銀閣寺から清水寺まで歩いてめぐれる距離に連なる歴史ある寺社仏閣。京都に立てば、過去は「情報」ではなく「体感」として今に繋がっています。
それは本当に豊かな資産です。おいそれと「1000年」という数字を出せる地域はそうそうないでしょう。ただ、そのぶん「1000年という過去の臨場感」から未来を想像しやすくなる、という傾向も生まれます。
ところで、現代人が一日に受け取る情報量は、江戸時代の人の1年分、平安時代の人の一生分にも相当するとも言われており、さらに「現在存在するデータの90%以上は、ここ数年以内に生成された」とも言われています。過去の臨場感からイメージできる未来は、現実の変化速度に追いつかない可能性があります。
ほとんどの人にとって、1000年先の未来をSFのように空想することはできても、臨場感を持つことは難しい。おそらく8割の人には100年先への臨場感もないのではないでしょうか。正直、現代は1年後にどうなっているかも想像しにくい時代です。ChatGPTが登場したのは2022年末。そこから2年足らずで、AIが日常業務に組み込まれる社会になるとは、ほとんどの人が想像していませんでした。テクノロジーだけでなく、政治も、経済も、社会構造も、同じ速度で動いています。
だからこそ、必要なのは二層構造です。
長期ゴールとして持続性の方向性を掲げながら、同時に臨場感のある射程——5年先から、子供が大人になる20〜30年先——でミッションを具体化しておく。この二層を持つことで、「どの時間軸から見るか」が初めて機能します。遠い旗と、歩ける道。その両方が揃ったとき、資産の定義は動き始めます。
4. 「ナミビアの砂漠」で起きたこと
この構造を、もっともシンプルに示す事例があります。
ナミビアの砂漠にある、人工の水飲み場。定点カメラを置いただけのYouTubeライブカムをご存知でしょうか。編集もBGMもなく、風の音と野生動物がただ流れ続けているという内容です。
過去・現在・未来を俯瞰すると――人はいつも、予測できない自然のリズムの中に「調和」と「つながり」を求めてきました。そしてこれからも求め続ける。その視点から見たとき、「何もない砂漠」はまったく別の顔を持ちはじめます。
【ナミビアの砂漠(ナミビア・カム)】
| 資産 | ナミブ砂漠の、演出のないリアル |
| 相手 | 世界中のオフィスや自宅で作業する人々 |
| 転換後 | 作業の合間の最高の息抜き |
そもそもあった水飲み場に何も足さず、何も変えず。ところが、世界中のPCでデスク作業をしている人にとっては、ゆったりとくつろぐオリックスやキリンをみることが作業時間のささやかな救いとなるのです。どの時間軸から見るかを変えただけで、「ただの水場」は世界中の人が静かに集う「待ち合わせ場所」になりました。

5. 奈良県・東吉野村がクリエイティブ拠点に
同じ構造が、日本の山間の村で起きています。
奈良県・東吉野村。人口約1500人。〈ザ・コンランショップ〉創設者の孫であり、ロンドン・ニューヨーク・シドニーを拠点に活動してきたデザイナー、フェリックス・コンランが2023年に移住し、デザイン事務所を立ち上げました。
彼がこの村を選んだ理由はとてもシンプルです。「本当にリラックスできる場所。インスピレーションを与えてくれる。」祖父テレンス・コンランが生涯敬意を抱き続けた、日本の工芸と職人の精神。その本質が今も生きている場所として東吉野村を「発見」したのです。
村は10年前から「クリエイティブビレッジ構想」として、創作活動に取り組む人材の移住を軸に動いてきました。派手な施策ではなく、自分たちの資産の本質を軸に据えた積み重ね。その結果が、世界水準のデザイナーを「自ら選ばせる」場所をつくりました。
| 資産 | 自然・古民家・工芸——地元にとってはあって当たり前だが、活用先が限られていた |
| 相手 | 世界の経済中心地で活動し、自然な環境と素材を求めてきたクリエイター |
| 転換後 | 世界水準のデザインが生まれる、山間の創作拠点 |
「田舎に移住するのは後退ではなく、前進だと示したい」――フェリックス・コンランのこの言葉は、「外から見た魅力がわからない」と言う担当者が、何を見落としているかを静かに指しています。
6. 地域の資産を、どの時間軸から見ているか
ナミビアも東吉野も、地域資産そのものは変わっていません。変わったのは、過去・現在・未来を俯瞰したときに見えてくる「それが誰にとっての何か」という再定義だけです。
私たちは今、自分たちの資産を、どの時間軸から見ているか。過去の継承だけを見ていないか。現在のトレンドだけを水平に追っていないか。そして、臨場感のある射程で未来を描けているか。
施策を足す前に、一度問い直してみてはどうでしょうか。地域の資産は、まだ見ぬ市場やユーザーにとっては思わぬ価値があるかもしれません。
まとめ ・続かない原因は施策ではなく「どの時間軸から見るか」にある ・文化とは、過去・現在・未来の人の営みを俯瞰する視点 ・長期ゴールと臨場感のある射程——この二層が揃ったとき、資産の定義は動き始める ・定義が変わったとき、それを求める相手が対として現れる |
梅澤 さやか
KAFUN株式会社 代表 / カルチャーマーケティング・コンサルタント
慶應義塾大学美学美術史学卒。30年・270件以上の文化マーケティング実績を持つ。文化資源の再編集、映像によるブランド構築、芸術ウェルネスなど、文化と経済を結ぶ事業を展開。著書に『エグゼクティブはなぜ稽古をするのか』。
❖ KAFUN(カルチャーマーケティング・コンサルティング / 文化体験プログラム企画制作)
❖ cultiba(アート行動調律プログラム)





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